5/8(水)・9(木) 聖書研究・祈祷会

2024/05/08

「主の晩餐」(1コリント11章23~26節)

《今日のポイント》 

1 主の晩餐とは何か(23節前半)

“主の晩餐”。聖餐式(ユーカリスト)と主の晩餐の違いは、何でしょう。パンと杯(ぶどう酒)をどのように解釈するのか。①パンと杯=キリストの肉と血そのものだと解釈する考え方や、司式者の祈りによって聖変化(キリストの体と血とに変化)すると考える教派もあります。②受け取る信仰者の信仰によって、キリストの体と血つまり、キリストの命として、受け取る人に働きかけるのだという考え方もあります。③パンと杯は、キリストの最後の晩餐を想起し、キリストの十字架の死と復活を象徴するものとしてパンと杯を受け取るのだという考え方もあります。パウロは、歴史的に教会が受け継いできた大切な信仰の事柄として、主から教え伝えられたこととして、主の晩餐をコリント教会に伝えようとしています。

2 パンと杯の意味(23節後半~26節) 主イエスの言葉は、福音書にも伝えられています。最後の晩餐を12弟子と共に分かち合った時に語られた言葉です。ユダヤ教の過ぎ越しの祭りの伝統にのっとった形で、パンと杯が分かち合われます。①パンを食す:感謝の祈り⇒パン裂き⇒「わたしの体」⇒分かち合い、②杯を飲む:感謝の祈り⇒「わたしの血によって建てられる新しい契約」⇒分かち合い。キーワード:わたしの記念としてこのように行いなさい」。「あなたがたは、このパンを食べこの杯を飲むごとに、主が来られるときまで、主の死を告げ知らせるのです」。『終わりの日が来るまで、主の十字架の死の意味を考え、復活の希望を忘れない。』という教会の大切な礼典の一つ。もう一つが、バプテスマ。17節以下、コリント教会の問題点が指摘されています。めいめい勝手に飲食する姿。国籍、身分に基づく差別。これらは、本来の主イエスの教えから離れているのではないか、というのです。今日の私たちはどうでしょうか。

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