1/28(水)・29(木) 聖書研究・祈祷会
「種を蒔く人」(マルコ福音書4章1~9節、※参照13~20節)
序論:たとえ話の意味(マルコ4章)
たとえ話をなぜ語るのか。主イエスは、イザヤ書6章を引用し、実に意味深い言葉を語られます。分かるようにではなく「見るには見るが、認めず、聞くには菊が、理解できず」、立ち帰って赦されることがないようにとは、いったいなぜか。主イエスは弟子たちには分かるように解説され、一つ一つのたとえを通して、最終的には分かるように教えてくださるのです(33節以下)。
本論:種まきのたとえ話
これは、種まく人々がこのガリラヤ地方の周辺には沢山いたからです。聞く人々の職業は様々で、年齢層も多岐にわたります。主イエスの話は一つ一つは短く、分かりやすいのです。中身は深く、真理の御言葉であることは間違いありません。種を蒔く人は「神の言葉を蒔くのである」(14節)。
蒔かれた場所、それは、この世です。しかし、蒔かれた人の心に届く瞬間があっても、「石地」「いばらの中」「良い土地」の差があます。それぞれの心の状態、そして、周りの環境が、それぞれの状況を表しています。
結論:実を結ぶようになるために
30,60,100倍の実を結ぶ為に、「聞く耳のある者は聞きなさい」と主は呼びかけられています。