5/28(水)・29(木) 聖書研究・祈祷会
「愛によって仕える者へ」(ガラテヤ5章13~15節)※5,6節参照
1 キリストにある自由とは(13~14節)
パウロが語る自由(エレウテリア)という言葉は、律法からの自由(ガラテヤ2:4)とか、滅亡状態からの自由(ローマ8:21)という条件が伴った自由であることに意味があります。
この自由は、キリスト・イエスと結ばれた時に、最大の豊かさにつながっています(6節参照)。
自由にされ、解放されて、救われた者とされた人は、「愛の実践の伴う信仰」へと導かれるのです。さらに、「愛によって互いに仕えなさい。」という勧めは、本来律法の教えの最も大切な部分へと、私たちの思いを向かわせます。自由とされたのだから、あらゆる秩序や束縛を離れて、「肉に罪を犯させる機会」(=放縦のかぎりを尽くす)ようになっては実に悲しいことです。どうしたら、御心に適って歩む事が出来るのか。主イエスの生きざまは、まさに「隣人を自分のように愛しなさい」(レビ19:18)」との律法が成就される生き方でした。ここに生き方のヒントがありますね。 ※1コリ9:19も参照
+αとして 「霊の実を結ぶ」(22節~26節参照)
肉の欲望を満足させる生き方ではなく、霊の実を結ぶ生き方には、喜びがあふれています。「愛、喜び、平和、寛容、親切、善意、誠実、柔和、節制」という9つの実が、毎日の生活の中で結ばれていくということは、キリストと共に生きる日常に宿るもの。
古き自分は、十字架において死に、新しくされたキリストの衣をまとう人として、聖霊の導きに従って歩んでまいりましょう。