5/14(水)・15(木) 聖書研究・祈祷会

「十字架のキリストと共に」(ガラテヤ2章)※15~21節中心

1 キリストの信仰・真実によって(15~18節)

 プロテスタント教会の一つの大きな発見は、聖書にある神様の真実との出会いではないでしょうか。マルチン・ルターが、ガラテヤ書を通して発見した事。それは、パウロの語る信仰についての大きな恵みでした。「イエス・キリストへの信仰によって義とされる」という信仰(ピスティス)とは、何か。私たちがイエス・キリストを主と信じるという意味の信仰という意味の他に、「イエス・キリストの信仰」という意味があること。信仰=真実・信実という意味で解釈すれば、私たち人間の信仰以前に、イエス・キリストという真実・信実なるお方のお陰で、義とされるという新しい見方が広がります。まさにイエス・キリストによって救われるという恵みが見えてくるのです。

 律法を実践することによって救いを達成するという人間の善の実行では救いは成し遂げることは出来ないことが、パウロを通してはっきり示されたのです。

2 「キリストがわたしの内に生きておられる」(19~21節)

 「わたしは、キリストと共に十字架につけられています」とは、私(パウロ)は、キリスト共に十字架に付けられ続けているのだという意味があります。律法に対して死んだ自分は、キリストが神によって生かされたように、今度は、私もキリストによって生かされています。この恵みによって今の私があるのです、という信仰の確信が、パウロを生かしているのです。今日の私たちも!

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