7/3(水)・4(木) 聖書研究・祈祷会

「祈りの中の双子」(創世記25章) ※19~26節中心

《今日のポイント》 

1 アブラハム、イサク、ヤコブへと受け継がれる祝福(1~18節)

 「アブラハムは、全財産をイサクに譲った。」(5節)、「アブラハムが死んだ後、神は息子のイサクを祝福された。」(11節)と記されています。アブラハム以降、イサク、ヤコブ、そして、その子孫に続く歴史を見ていきますと、主なる神様は、イスラエルの民を選ばれたのだという結論に行きつきます。イスラエルの民を選び、愛される神様の自由な選びは、イサク、イサクの息子ヤコブが神様の祝福に与る出来事と重なります。

古今東西を見渡しても、長男、長子が親の財産を引き継ぎ、祝福も自動的に受けるという伝統が強いと思われますが、聖書においては、その伝統と常識がしばしば覆される出来事が起こります。それが、イサクの息子エサウとヤコブの間にも起こるのです。

2 祈られて生まれたエサウとヤコブ(19~26節)

 イサクとリベカが結婚して20年間、二人の間に子供が与えられません。「イサクは、妻に子供が出来なかったので、妻のために主に祈った。その祈りは主に聞き入れられ、妻リベカは身ごもった。」(21節)と記されています。父アブラハムの時と同じように、イサクも妻との間になかなかな子どもが授かりませんでした。イサクの祈り、リベカの思いは、子どもが与えられることでした。祈り続けた二人の祈りは、神様によって聞き届けられました。「求めなさい」「探しなさい」「門をたたきなさい」(マタイ7章7節)の御言葉のように、求め続けていくとき、与えられ、探し続けていったとき、主の御心が明らかにされます(23節参照)。エサウとヤコブの物語は、続いていきます。

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