11/5(水)・6(木) 聖書研究・祈祷会
2025/11/08
「アモス、裁きを語る者」(アモス1章、2章より)
1 テコアの牧者アモスについて(1章1節)
テコアは、南ユダ王国の小さな町で、エルサレムの南東(16キロ地点)、海抜600m程の丘陵地帯にありました。そこから死海を東に見下ろすことができる場所です。南ユダの王ウジヤ(紀元前783~742年)、北イスラエルの王ヤロブアム2世(紀元前786~746年)の時代のことです。
地震の2年前(正確には不明)と記されているのは、当時、生々しい出来事だったからでしょう。
アモスは、牧者(羊を飼う者)であり、いちじく桑を栽培し、生計を営んでいた人です。本来の預言者ではありませんでした(7章14節参照)。アモスの名は「重荷」という意味であり、正確には「アモジヤ(=主の重荷)」と考えられています。同時代には、イザヤ、ミカ、ホセアが存在していました。
2 諸国への裁きには、例外がなかった(1章と2章)
「〇〇の3つの罪、4つの罪のゆえに わたしは決して赦さない」という表現で、リズミカルに裁きが伝えられています。アモスを通じて、1章では、ダマスコ(3節以下)、ガザ(6節以下)、ティルス(9節以下)、エドム(11節以下)、アンモン(13節以下)、さらに、モアブ(2章1節以下)、ユダ(4節以下)、最後に、イスラエル(6節以下)への裁きが告げられます。
アモスの預言に希望が存在していないのかと言えば、決してそのようなことはありません。主なる神の御言葉に聴き、従い、正義を追い求め、悪に走ることなく、善を求めて生きるならば、救われる可能性があることを、5章(14節以下、24節以下)、7章(2節以下)、9章(11節以下)に示されています。滅びから再生、復興が与えられる希望は尽きることがありません。