12/1(日) 週報巻頭言

交わりから生まれる力          No.276

「そして、毎日ひたすら心を一つにして神殿に参り、家ごとに集まってパンを裂き、喜びと真心をもって一緒に食事をし、神を賛美していたので、民衆全体から好意を寄せられた。」(使徒言行録2章46節)

 先週は、主にある交わりについて考えを深める機会を頂く一週間を過ごしました。礼拝はもとより、礼拝後の教会学校での語り合い、その後のクリスマスの飾りつけを行うなかで、私は何と有難い交わりの場を与えられているのだろうかと実感したのでした。主のご降誕をお祝いするということ、飾り付け一つ一つ行う中、皆さんの顔に微笑みが広がっていきました。

 さらに、連合や超教派で取り組む活動の中で(オンラインではありましたが)、会議を進めていく時、色々な意見が交わされるわけですが、その語り手の顔、聞き手の顔が映し出される光景を見ながら、”仲間が与えられている安心感”を味わいました。大げさな言い方ですが、「私は一人ではない。居場所が備えられている」という実感を味わったのです。

 さらに、何度目かになる栄での平和メッセージも、他宗教の方々と一緒に、秋風(きたかぜ)の吹く中で、聴く人がいるのかいないのか分からない雑踏にあっても、仲間と共に平和を訴えることが出来る喜びを味わいました。

 教会を軸として、主が共におられるところに仲間が与えられる。この喜びを伝えたい。アドヴェントを迎える今日、改めて思わされています。

-週報巻頭言, 牧師のお話