9/4(水)・5(木) 聖書研究・祈祷会

「悲劇の中に」(創世記39章) 

《今日のポイント》 

1 主が共におられたので 

「主がヨセフと共におられたので」(2節)、「主が共におられ、主が彼のすることをすべてうまく計らわれるのを見た主人は」(3節)、「主はヨセフのゆえに・・・主の祝福は、」(4節)、「主がヨセフと共におられ、恵みを施し」(21節)、「主がヨセフと共におられ、ヨセフがすることを主がうまく計らわれたからである。」(23節)ヨセフのなすことすべてに、主なる神様が伴われています。

・「命を救うために、神がわたしをあなたたちより先におつかわしになったのです。神がわたしをあなたたちより先にお遣わしになったのは、この国にあなたたちの残りの者を与え、あなたたちを生き永らえさせて、大いなる救いに至らせるためです。わたしをここへ遣わしたのは、あなたたちではなく、神です。」(45章5~7節より)

・「神を愛する者たち、つまり、御計画に従って召された者たちには、万事が益となるように共に働くということを、わたしたちは知っています。」(ローマの信徒への手紙8章28節)

2 しかし、試練は存在する!

 ヨセフの主人は、エジプト人ポティファル、ファラオの宮廷の役人で侍従長です。その妻は、ヨセフに目を留め、あの手この手を尽くしますが、思いがかなわなかったために、濡れ衣を着せます。

 あれだけ主が共におられ、よい計画を働かせておられるのに、「なぜ?」と思いませんか?試練というものは、おおよそうれしいものでなく、当座はその意味が分かりません。意味のない試練はありませんが、その意味が分かるのは、多くの場合、後からです。

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