8/20(水)・21(木) 聖書研究・祈祷会
「主を第一とすること」(申命記10章より)※12~22節中心
はじめに: 9章からの流れ
40日40夜を経て、契約の石の板がモーセに授けられた後、シナイ山を下山した彼が目撃したことは、おぞましい光景でした。兄アロンを指導者に立て、偶像の金の子牛を前に踊り狂うイスラエルの民の姿です。モーセは怒りに任せて、石板を破壊してしまうのですが、彼自身も罪を犯してしまった自覚のうちに悔い改めの40日40夜を経て、モーセとイスラエルの民は主の赦しを頂き、再び契約を授けられるとのお約束を頂いたのでした。
1 主なる神が求められること(12~16節)
モーセはイスラエルの民に問いかけます。「イスラエルよ、今、あなたの神、主があなたに求めておられることは何か。」と。主を第一として歩むことです。イスラエルの民を「愛し、子孫であるあなたたちをすべての民の中から選んで、今日のようにしてくださった」ので、先祖の犯した罪の姿にならうことなく、心の包皮を切り捨て、かたくなになることなく、主の戒めと掟を守り、「幸いを得る」ように、とモーセは語りかけています。
2 寄る辺なき民、寄留民を心にかける(17~22節)
イスラエルの民は、かつて寄留民として諸国を放浪しました。今、自分たちのところに身を寄せる「孤児、寡婦、寄留の民」を大切にしなさい、という教えには、戦乱を逃れて祖国を脱出せざるを得ない移民の人々との出会いと関わり方について考えさせられます。