7/10(水)・11(木) 聖書研究・祈祷会

「煮物と長子の権利」(創世記25章) ※27~34節中心

《今日のポイント》 

1 エサウとヤコブ(27~28節)

エサウ:エサウは「巧みな狩人」。「巧みな」という言葉は、「知識がある」という意味を含みます。「野の人」とは、単に屋外での活動をする人ということではなく、「野」=畑の管理をする人でもあります。父イサクは、エサウを愛しました。エサウの獲物の料理が美味しかったからです。

ヤコブ:ヤコブは、エサウの「かかと(アケブ)」をつかんで生まれてきた人。お兄さんのものを奪い取るようなずる賢さを備えていた人だったのでしょうか。実際は、「穏やかな人」でした。「穏やか」とは、ヨブ記で多用される言葉で「無垢な」という意味です。「天幕の周りで働くのを常とした」とは、「天幕に住んでいた」という意味で、屋内で生活し、引きこもり気味の人であったのかもしれません。母リベカはヤコブを愛しています。主なる神様の御心(22節以下)を知るリベカは、内気で引きこもり勝ちのヤコブを気にかけていたのでありましょう。

2 長子の権利を譲り受けるヤコブ(29~34節)

 狩りをして疲れて帰って来たエサウは、パンとレンズ豆の赤い煮物のスープと引き換えに、長子の権利をヤコブに譲ってしまいます。空腹状態の時、誘惑に弱いのは、私たち人間の常です。ヤコブは実に巧みに、兄エサウの最も大切なものを、だまし討ちするようにして譲り受けてしまうのです。

 エサウは、「長子の権利」を軽んじ、ヤコブは、兄エサウをだました。このあたりに、人間の罪といいますか、人間の抱える弱さや愚かさを見て取ることが出来ます。エサウとヤコブの間には、さらに対立を深めるような出来事がこの後、起こります。いったいどうなってしまうのでしょうか。

-聖書研究・祈祷会, 祈祷会のご案内