2/11(水)・12(木)

「大切にするべき言葉」(マルコ福音書7章14~23節中心)

7章全体が表していること

 4章~6章まで、癒し・奇跡を中心に物語が展開していきました。7章の最後にも癒しは登場しています。癒しの中心が、神様の人間に対する愛と憐み、そして、人間の側の主イエスへの信頼、神様への期待であったのに対して、7章の中心は、「言葉・ロゴス(ことば)」についてです。

御言葉を「無にしている」私たち(1~13節)

 律法とは、神様の戒め・命令・祝福の約束です。モーセを通して、神様がイスラエルの民に与えられた御言葉は、本来が、恵みにつながる約束でした。もちろん、恵みを拒んだ結果、呪いにつながる言葉でもあり、御言葉とは、諸刃の剣(つるぎ)であることを思います。

 あなたがたは、トーラー(神の律法)に、ミシュナー(口伝律法・言い伝え)(3節、8節他)を加えて大切な教えを分からなくしてしまっているのだと、イエス様は厳しく批判されているのです。 

愛の御言葉で、隣人を裁く道具にしているならば、今日の教会も同様であるかもしれません。

口から出てくる言葉、心に留める言葉(14節以下)

 人間の心から出てくるものが、言葉として語られ、行動となって現れるのだ(20節)とイエス様は語られます。では、心に留まるものが、神様の愛に基づき、聖霊の結ばせる実であるならば、私たちの言葉と行動は、どのように変化していくでしょうか。ガラテヤ5章22節以下を参照します。

 「聞いて悟りなさい」(14節)との主の御言葉に、本当の意味で聞く者でありたいと願います。

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