3/25(水) 聖書研究・祈祷会

「ゲッセマネ」(マルコ福音書14章32~42節中心)

祈りの本質について

 様々な祈祷に関する本があります。ジャン・カルヴァン「祈りについて・神との対話」、P.T.フォーサイス「祈りの精神」、大木英夫「主の祈り・キリスト入門」など。共通するのは、祈りの深みを味わうのは、祈るところから始まるという事です。イエス様は、弟子たちに祈りを教えられました。神の国を求めるところから始まり、日ごとの糧を与えられるようにと祈り、罪のゆるしを祈るところに至り、最後に、再び、神に栄光を帰する祈りに至ります。

ゲッセマネの祈り(32~42節)

「わたしが願うことではなく、御心に適うことが行われますように」との祈りが、究極の祈りであるならば、この祈りに至る道、小道があります。それは、「できることなら、この苦しみの時が自分から過ぎ去るように」との祈りです。イエス様は、自分たちの願いを祈ることを否定されていません。と同時に、その願いは神様の御心に適っているのだろうかと問うことの大切さを教えられています。3度の祈りの中で、祈りの道は十字架へとつながっていきます。

「心は燃えても、肉体は弱い」とおっしゃるイエス様は、弟子たちの抱える弱さ、私たち人間の抱える罪をすべてお分かりです。憐みの思いで見つめ、支えようとされていらっしゃいます。

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