2/1 週報巻頭言

十字架を慕いて           No.337

「わたしたちは、十字架につけられたキリストを宣べ伝えています。すなわち、ユダヤ人にはつまずかせるもの、異邦人には愚かなものですが、ユダヤ人であろうがギリシア人であろうが、召された者には、神の力、神の知恵であるキリストを宣べ伝えているのです。」(1コリント 1章23節)

 先週、「丘の上に立てる十字架」を特別賛美で歌いました。4節を会衆が一体となり、溢れるような賛美の恵みを味わいました。聖霊に導かれ、十字架の主イエスを思い、感謝が心にあふれてきたからではないかと振り返っています。

 青野太潮師(新約聖書神学・西南学院大学神学部名誉教授)は、「十字架につけられたキリスト」を過去形でなく、「十字架につけられ給いしままなるキリスト」という本来のギリシャ語で訳出し、私たちクリスチャンの生の根拠(贖罪/救済)としての十字架よりも、生の在り方としての十字架(弱さ/へりくだり)を提起しています。弱さの中にある神の力を信じて生きるところに私たちの生き方が示されている。確かにそうだと感じます。

 会堂外壁の十字架は新たにされました。今週も十字架を仰ぎ望み、日々新たな思いで歩んで参りましょう。主の恵みと平安を祈ります。

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