4/2(水)・3(木) 聖書研究・祈祷会
「あなたがしてくれたこと」(マタイ25章)※31~40節中心
「はっきり言っておく。わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである。」(40節)
1 人の子は裁きを行い、天の御国へと招き入れられる(31~34節)
天の御国は、どのような人が入る資格があるのか。そのことを31~40節に記されている主イエスの御言葉から一緒に考えてみましょう。
最後の審判の裁きの座に、主イエスが着かれるというイメージが最初に描かれています。裁き主であるのと同時に、弁護者でもあり、罪を明らかにされる方で終わらず、罪を赦す方、弁護をして下さる方であって、厳しさとやさしさ、威厳と慈愛の両方のイメージが重ね合わされていることを心に留めたいと思います。
2 最も小さい者にしてくれたこと(11~12節)
素晴らしい行いが出来る善い人だけが救われるのか。となると、良い行為をしなければと、行為義認のみ考えてしまうかもしれませんね。「人は律法の実行ではなく、ただイエス・キリストへの信仰によって義とされると知って、私たちもキリスト・イエスを信じました。」(ガラテヤ2:16)「キリスト・イエスに結ばれていれば、割礼の有無は問題ではなく、愛の実践を伴う信仰こそ大切です。」(ガラテヤ5:6)
35から36節を通して、主イエスが「最も小さい者」の為にしてくれたと挙げられる行為の事を見ていきましょう。最も小さい者とは誰でしょうか。私たちは何が出来るでしょうか。