1/8(水)・9(木) 聖書研究・祈祷会

「ふさわしいこと」(マタイ3章)※13~17節中心 

1 バプテスマのヨハネとは(13節)

 ルカ福音書によれば、イエスの母マリアの親類にあたる父ザカリア・母エリサベトのもとに生まれ、イエス様の半年先に生まれた赤ちゃんとして描かれています。つまり、「いとこのお兄さん」のような存在。それが、イエス様にとってのバプテスマのヨハネです。悔い改め(メタノイア=神様の方へ心を方向転換すること)を呼びかける人として、また、道備えをする人として、大切な役目を担った人物(3:1~12参照)としても描かれています。

2 わたしにはふさわしいこと(14~17節)

 神の子イエス・キリストは、誰の手を借りずに福音伝道の働きが出来たはずです。しかし、イエス様は、そのようには願われず、バプテスマのヨハネのバプテスマを受けられ、おそらく、クムラン教団(厳しい戒律のユダヤ教の一派)で訓練を受けられ、ヨハネの手ほどきのもと、福音伝道者として成長されたのではないかと想像できます。ここに、主イエスの謙遜が現わされています。ヨハネは、自分はあなたの靴の紐を解く価値もない者であり(マルコ1:7参照)、「わたしこそ、あなたからバプテスマを受けるべきなのに」(14節)と語っています。

 父なる神は、主イエスのバプテスマを喜ばれ、福音伝道者としての歩みの始めに、主イエスに聖霊を注ぎ、「これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」と喜びの言葉を発せられました。これは祝福の祈りでもあります。私たちも、主イエスの御言葉に聞き従い、御心に適う歩みを行うべく、導かれています。何が、私たちに必要であるのか、何を為すべきであるのか。神様にお尋ねしつつ、従ってまいりましょう。

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