1/12(日) 週報巻頭言より

被災地を覚える(能登、そして阪神・淡路) No.282

それでも切り株が残る。その切り株とは 聖なる種子である。(イザヤ6:13)

 先日(7日)の夜、オンラインで被災地支援を覚える祈祷会に参加しました。被災地にある金沢教会、富山小泉町教会、福井教会の取り組みを伺い、必要を聞き、参加者同士、祈り合う時を持ちました。被災者に寄り添い、支援を続ける3教会を覚え、50名近い参加者が与えられました。これは、今後も毎月第1火曜日の午後8時~8時45分を原則として、継続していく予定です。

 呼びかけ人の代表として、瑞穂教会秋山牧師が冒頭に、祈り会の発足について思いを語ってくださいました。3回被災地支援に出かけ、被災地の復旧・復興が進んでいる地域もありますが、能登の輪島のあたり、特に奥能登に位置する地域の壊滅的な状況を目の当たりにした時、これを覚えて祈っていきたい。さらに、疲れを覚えながらも、被災地支援にたずさわる教会の方々の労を少しでもねぎらい、協力できることを積極的に行っていきたい、という内容の言葉を聞き、私も、その言葉が深く残りました。

 時間の経過と共に、建物や町は一見すると復旧・復興していくようで、人の心にある傷や思い出は消えることはありません。1995年1月17日午前5時46分発生の阪神淡路の大震災にも言えることです。17日(金)午後1時半、神戸教会(オンライン有)で祈念礼拝がささげられます。私も参加しようと思います。

-週報巻頭言, 牧師のお話