12/11(水)・12(木) 聖書研究・祈祷会

「インマヌエル」(マタイ1章)※22~24節中心 

1 主の御言葉の実現(22~23節)

 マタイによる福音書は、律法の約束が新約の主イエス・キリストの誕生によって実現することを強調しています。「実現する」とは、時が来て、神の御計画が「成就する」・「完成される」ということです。いにしえの旧約の預言者たちが、神様のメッセージを受けて、イスラエルの民に向けて、神様の救いが完成される時が必ず来るのだと、語り続けていることに、心熱くなります。23節は、旧約イザヤ書7:14,8:8,10からの引用です。

 余談ですが、なぜ、主イエスは、ガリラヤの地ナザレでなく、ベツレヘムの地にお生まれになったのでしょうか。(参照:サムエル記上16:1、ミカ5:1)。ダビデの子が、救い主としてお生まれになられる為、ダビデ出生の地に生まれなければならなかったからです。

2 インマヌエル、神は我々と共におられる(23~24節)

 「インマヌエル、神は我々と共におられる」という言葉は、実に驚くべき言葉です。宮殿の王の子とし生まれたのではなく、整った環境ではなく、家畜小屋に生まれ、飼い葉おけに寝かせられた主イエスは、まさに地上の一番低き所に下ってきてくださった神の子です。貧しさと病を知り、飢えと苦しみを抱える人の思いに寄り添われる人の子イエスは、イザヤの預言通りの救い主として地上の生を全うされました。

 この子を宿し、出産することを決断したマリアと、マリアを迎え入れる決断をしたヨセフは、主イエスを子として大切に育て、家族を形成していきました。イエスとは、イェホーシュア(ヨシュア)、主は救いという意味の名前です。主の家族は、主の救いを赤ちゃんイエス様と生きることで、体験していきました。私たちも主と共に生きましょう。主は我らと共に!

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